夜中に犬に起こった奇妙な事件

15歳の少年の幸人はある日、近所に住む佐久間婦人の家の庭で、
彼女の飼い犬が石で殴り殺され死んでいるのを発見する。

犬を殺したのではないかと疑われた幸人は独力で犯人捜しを始め、
担任の瑛子からアドバイスを受け、その内容をノートに書き付けていく。
そして近所の白瀬さんらに聞き込みを行おうとするが、
父親の誠は、他人のことに首を突っ込むな、と息子を叱りつけるのだった。

幸人は誠の言いつけを聞かずに捜査を続けていたが、
誠が捜査の詳細を書いたノートを見つけ、
言う事を聞かない息子を殴り、ノートを取り上げてしまう。

幸人は、取り上げられたノートを探そうと誠の部屋を調べていると、自分宛ての手紙を何通か見つける。
その手紙の差出人は、2年前に病院で心臓発作により急死した母親の広美からだった―――。

(公式HPより)

原作があるモノだと事前にわかっていたので一応原作は読んでいきました。
でも主人公が「クリストファー」から「幸人」に変わっていたり、「スウィンドン」が「静岡」に変わっていたり、「ロンドン」が「東京」に変わっていたり、その設定の変更のおかげでかなり身近でわかりやすくなっていた感じがしたかな。昔、主人公が海水浴に行ったときに母親が読んでいた本が「小池麻里子のエッセイ」に変わっていたのはちょっとおもしろかった(笑)ああ、そこに該当するんだ、的な。

物語の展開やセリフの内容など割と原作に忠実だった気がする。幸人はアスペルガー症候群だという設定なんだけど、剛くんの落ち着きのない目線や手の動き、語尾を伸ばしたり早口になったりする話し方などは本当にスッと受け入れられて、すごく自然に「これが幸人なんだな」って自分の脳みそにインプットされたのがすごいなあと…帰ってからパンフレットを読んだら「そういう癖なんだな」って解釈して演じるようにしたと書いてあって「まさに!!!!」と合点した。

セットは教室で転換はなし。場面が変わるときには基本的には役者さんが椅子を動かして階段や券売機、ATMなどにしてしまう。基本的にはその時に出番のない役者さんはステージの隅の椅子に座って幸人を見守っている。なんか変わった演出だなあと思いながら見ていたんだけど、これは一種の劇中劇ということだったんだね。犬を殺した犯人探しをすることにした幸人はその様子を本に書く。それを読んだ先生は劇にすることを提案する。そしてその劇をわたしたちが見ている。だから大掛かりなセットは出てこないし、途中で幸人に話しかける警察官に対して幸人は「警察官はもっと若い!」とかケチをつける(笑)
同じ俳優さんが違う役をいくつも演じるのって、演出家さんが同じだった『フランケンシュタイン』のときもそうだったんだけど、今回は校長先生が殺された犬の飼い主のおばさん役も演じていたり神父様が警察官役も演じていたり、「幸人の周りの人々」が「みんなで一緒に劇を作り上げている」感じがしてすごく温かくていいなあと思っていた。
あと、劇中劇スタイルだから実際幸人が冒険をしているときにはそこにいなかった人たちもその場にいられるようになる。例えば原作を読んでいたときに「どう演出するんだろう?」と思っていたのが、幸人が父親の部屋から2年前に死んだと聞かされていた母親からの手紙を大量に見つけるシーン。原作では母親からの手紙の内容がつらつらと書かれているんだけど、舞台にするとなると母親の声で朗読…?と思っていて。でも実際は手紙を読む幸人のそばにふわりと母親がやってきて実際に話しかける。母親の表情が見えるからこそ「母親も幸人を本当に愛していること」「それなのに幸人と上手くコミュニケーションがとれなくて悔しさと悲しさを感じていること」なんかがより伝わってきて苦しかった。
幸人が母親に会うために1人で東京駅に降り立つシーンでは、周囲からもたらされる膨大な情報量に圧倒されパニックを起こす幸人を落ち着かせるためにそこにはいないはずの先生が「赤い線が見える?それに沿って歩くのよ」と声をかける。これも劇中劇だからできることだと思う。更に進んで幸人が地下鉄に乗ろうとするシーン。そこにはいないはずの父親が出てきて「お前には無理だ。エスカレーターなんか乗ったことないだろう。地下鉄は大きな音がする。きっとお前は怖がるだろう。家に帰るんだ!」と幸人を家に帰そうとするものの、ある嘘がきっかけで父親を強く拒絶するようになった幸人は父親の声に反発する。でもいざ地下鉄のホームに降り立つとあまりの人と音にまたパニックを起こしてしまう幸人を見て父親は「電車が来る…電車が止まる…電車が出る…静かになる…」と一定のリズムがあることを教えてそのおかげで幸人は落ち着くことができるんだけど、このシーンが一番グッときたなあ…!今まで幸人を連れて帰ろうとしていて、幸人にとって危険なことを遠ざけてきた父親が、幸人がひとりで母親のもとに向かうことをサポートするようになるっていう。可愛い子には旅させよ的なかんじなのかな。しかも、赤い線を頭に描いてそれに沿って進むシーンでは原作でも先生が言っていたことを思い出してそうしているから劇の中でも先生が出てきておかしくないんだけど、電車のリズムのことは原作では自分で発見してるんだよね。それなのに舞台ではそこで父親を出してきたのが憎い演出だなあと思った。父親の想いをすごく感じて正直ここが1番涙腺じんわりきていた。

憎い演出といえば、カーテンコール!数学の才能がある主人公は数学検定を受検することになるんだけど、その中の問題の解答も本に書こうとして先生に止められる。それは原作も舞台も同じなんだけど、原作では「巻末の付録に示せばいいじゃない。読みたい人は読むし読みたくない人は読まない。」と先生がアドバイスをするのが、舞台では「カーテンコールで教えてあげればいいじゃない」に変わるんだよね。そしてカーテンコールでは実際に「僕がどうやって解いたか知るために残ってくれてありがとうございます」という幸人くんの言葉をきっかけに直角三角形の証明問題が解説されるという。しかも幸人くんがキラキラのスパンコールを散りばめたジャケットを羽織り、軽快に踊りながら歌に乗せて!ダンスの癖というか、リズムの取り方やステップなんかは完全に森田剛なのに、森田剛ピタゴラスの定理がどうのこうのなんて言わないし、時折早口になる喋り方(歌い方)は完全に幸人くんでもう本当に混乱する(笑)そして他のキャストはコーラスやダンサーに扮して盛り上げるわけだけど、コーラスとして歌う高岡早紀の美しいこと美しいこと!剛くんも見たいしどうしよう目が足りない…なんかわかんないけど楽しい!!!ってポーッとしてたら6分間が「証明終了!」の声と銀テープとともに終わってしまうっていう…最後の最後にすごい爆弾というかサプライズ持ってきておいて時間になったらサッと引っ込んでしまうのが本当に本当に心憎い…!

母親が出て行った理由の手紙とか、父親が犬を殺したと幸人に伝えるシーンとか、幸人が母親のもとに辿り着いた後、母親の同棲相手に「お前は天才なのかもしれない。でもちょっとは他人のことを考えられないかな…!ほんのちょっとでいいんだ…!」って言われるシーンとか、見ているのが辛くて思わず手をぎゅっと握りしめてしまうシーンもたくさんあったんだけど、悪意を持ってつらくあたってる人なんてあの話の幸人のまわりにはいないんだよねえ…みんな一生懸命に動いているだけなのにみんな少しずつ辛い思いをしてしまっている。でも軽快なやり取りとかちょっとした動きとかで笑えるシーンも多くて重くなりすぎず、その辺のバランスもちょうどよかったな。幸人の癖なのか同じことを何度も繰り返して言うときもあって、「大事なことだから(ry」じゃないけど幸人なりに強調したいことは繰り返して言うのかなあと思って見ていたら、最後の最後に「ぼくは数学検定に合格した。犬を殺した犯人も見つけた。お母さんも見つけた。ぼくには何でもできるってことじゃない?何でもできるってことじゃない?」って言ってて幸人くんが自信を身につけたーーーーー!!!って号泣…!自信をつけてニカーっと笑う幸人くんが本当に本当にいい顔をしていて。なんだかもう幕が降りた瞬間の心が温かさでしか満ちていなくてすごく素敵な気持ちになれた。己の邪気が全て取り払われたようであった…!

あとは特記したいことといえば、ベージュと幸人くんのシーンだよね。犬を殺したことを黙っていたせいで幸人くんは父親から完全に気持ちが離れてしまい、むしろ父親が怖いと思うようになってしまうんだけど、それを打開しようと父親はプロジェクトを持ちかける。毎日少しずつ話をして、父親は幸人にもう一度信用してもらえるように、幸人は父親ともう一度向き合えるように。その気持ちが本気であるという証拠に父親はゴールデンレトリバーの子犬を幸人にプレゼントする。このゴールデンレトリバーがまさかの本物で、それを抱く幸人くんはもうただの天使…!!!!「名前はー?」「ないよ、お前がつけろ」「…ベージュ…ベージュにする」っていうやり取りのシーンね!!!会場全体がハアアアアアアン*・゜゚・*:.。..。.:*・って空気に包まれてとても良かった。剛くんが天使っていうのもあるけど、幸人と父親の雪解けの第一歩というか明るい未来が垣間見えたというか。実際に幸人くんは父親のもとを離れて母親と2人で暮らすことになるんだけど、母親の仕事が終わるまではベージュと一緒に父親の家にいるようになり、父親と2人で庭に野菜を植えたり父親の家に泊まったりするようになるんだよね。もちろん幸人くんにとっては「ベージュがいるから」父親の家でも怖くないと思っているんだろうけど、いずれ父親のことも怖くないとまた思えるようになるといいなと思わずにはいられない。

観劇したのが大千秋楽だったんだけど、お芝居が終わると途端に森田剛に戻って主演というポジションに居心地が悪いというかモジモジしだすのとか、カテコ後の挨拶で「寂しいですね…でも終わります。また会えるといいですね。お元気で!」と淡白に気恥ずかしそうに話をしてさっさと帰ってしまうあたりが相変わらずだなあと微笑ましく思いました。本当に本当にいい舞台だったなあ。見られて本当に良かった。